バロックコンサート~ヴェルサイユのヴィオルとクラヴサンの音楽~
野村真由美
初夏の休日の昼下がり、こちらのコンサートに参りました。…と言っても、実は私は「バロックって何ですか」「クラヴサンって何かの楽器ですか」というレベルの人間。当然バス・ド・ヴィオルなんて聞いたことも無く、チェロに似た古楽器と言われても「ああ、座って脚を開いて間に立てて弾く弦楽器ね」という程度。バロックという言葉からなんとなくイメージするのは、きらびやかな宮殿やドレスの貴婦人といったような、フランスと聞いて安直に連想するような時代のアイテムだけ。何も知らなくて申し訳ない気持ちでいっぱいです。
この日のお客様はきっと日常的に音楽に親しんでいらっしゃる方々だったでしょう。一方私は日々プロ野球のリーグ順位を気にしたり、贔屓投手の防御率に一喜一憂したりするような感覚の持ち主。この日はそよ風吹くこの上ない快晴でしたが、私が居たのは青空の下のスタジアム観客席ではなく室内楽のホールでした。
開演後、ヴィオル奏者の河本基實さんが「踊り手たちが舞っている様子を思い描いて」とマラン・マレ作の組曲を紹介。今谷美芳さんによるクラヴサンとの二重奏。私はこの古典的な鍵盤楽器の音に華やかさと鉄のようなクールさを同時に感じ、なんだか不思議な気持ちに。そこに素朴で深いヴィオルの音が重なるのですが、舞曲の旋律や響きと同様に印象深かったのは、その弦楽器奏者の演奏姿勢でした。
腰掛けた両脚で床を踏みしめ楽器を支え、弓を箸のように下手で持って弾く。左手の指は上下に素早く運ばれ丁寧に弦を押さえる。楽譜を鋭く見つめ、弾くごとに上体は激しく揺れ、途中息遣いも聞こえ、まるで全身運動。
二幕目のアントワーヌ・フォルクレ作の曲では、そのイメージを「ベルサイユの庭を歩いているような」と河本さんはおっしゃられたけど、こちらの演奏の様子も「渾身の」といった感じ。金属的で落ち着いた印象のクラヴサンとは対照的に、素手で譜面に立ち向かうような、観ている方が固唾を飲むようなある種の戦いのように私には思えたのです。
一音一音を大事にしながら楽器に向かっている様子が、打者と対峙し一球一球歯を食いしばって投じるマウンド上の若手投手のようだと。
河本さんは、壮年を迎えた後にヴィオルの演奏に着手したそう。きっと何かのきっかけがあったのでしょうが、その姿勢にいくつになっても常に高みを目指そうとする少年的な挑みを感じました。そして、聴き手に当時のフランスの空気を伝えたいという純粋な熱意も。
コンサートは終盤のシャコンヌでいっそう華やかで明るい雰囲気となり幕を閉じました。お客様の方々はきっと、この日の音色にベルサイユの華やかで厳かな空気を感じられたと思います。一方私はというと、「常に好奇心に対して当事者であろうとする」演奏者の精神力に少し打ちのめされたような気持ちになっていたのです。何のマウンドにも立ってはいないから。
*バロックコンサートは山口日仏協会の共催イベントとして、2022年5月14日、C・S赤れんがで開催されました。